熊本製粉の米粉シリーズ 制作秘話
Kumamoto Flour Mill Brand Story
2024
熊本県は九州中部に位置し、世界有数のカルデラである活火山の阿蘇山は、その雄大な大地から圧倒的な美しさと畏怖の念を抱かずにはいられぬほどの地の力を強く感じる。阿蘇の噴火によって形成された地層から生まれた湧水は、県内に1,000カ所以上も点在し、その事から豊かな土壌を作り出した結果、この土特有の農産物を育くむ恵まれた土地を生み出した。熊本製粉はこの立地を活かし、1947年に創業者である石橋正二郎が、戦後の食糧難を解消するべく設立した。設立当初より地域に根ざした事業活動を行っており、その姿勢と確かな加工技術により、消費者から多くの信頼を頂く中、特に「米粉なら熊本製粉」という声がユーザーからささやかれるようになった。この評価を更に確実なものに、そして地元のみならず全国区に評価を押し広げることを目的としたのが今回のプロジェクトであり、これはパッケージデザインの担当としてアイプラスデザインが参加をしたストーリーである。熊本と東京という遠距離の関係からオリエンテーションから完成に至るまで、すべてのやり取りはリモートで行われた。この開発当時を振り返り、ディレクターの大石と熊本製粉の林さんにお話をお伺いした。
今回の米粉プロジェクトですが、米粉自体に関する事と市場背景に関して、少し詳しくお話をお聞かせください。
林:
食料自給率が低い日本ですが、お米は自給率が非常に高く栽培を得意とする農産物なので、国産志向の高まりからも米粉の注目度は高まってきました。米粉は古くから主に団子等和菓子に使われていましたが、近頃注目されている米粉は、パンやお菓子に使用できる新しい米粉です。和菓子用の米粉では、パンやお菓子が膨らまずおいしい米粉食品ができにくいのですが、製粉技術の発展により、近年ではパンやお菓子といった新しい用途に使用できる米粉が、市場に拡大してきています。
当社は地域の穀物を粉にして、おいしさを拡げることを大切にしていますので、地元の「お米」にも注目し、おいしい米粉パンやお菓子などが作れる、米粉の開発に着手しました。
米粉はそもそも「膨らまない」「固くなりそう」「難しそう」など、さまざまな誤解を持たれる素材です。当社では加工適性と米粉ならではのおいしさを実現できる高品質な米粉を提供すると同時に、適切な使い方も伝えながら、米粉の市場拡大を目指しています。
米粉を開発する上で、他に気をつけられた点などはありますか?
林:
米粉は小麦アレルギー対応食品としても活用することができます。小麦粉を取り扱う上で、食物アレルギーについても向き合う場面が増え、お米が有名な熊本県で、製粉会社のノウハウを活かし、食のバリアフリーを目指す挑戦となりました。「小麦が食べられない人も、おいしいパンやケーキが食べられる。」アレルギーのある人もない人も、おいしさで米粉を選択する時代になり加工者・消費者に寄り添える、熊本製粉にしかできない米粉づくりを目指しています。
さて、ここからはパッケージデザインに対して少し詳しくお聞かせ頂きたいのですが、今回なぜコピーライターやデザイナーを地元の方ではなく県外のクリエーターに声を掛けたのですか?
林:
九州だけではなく、全国の方に米粉の良さ、魅力を伝えたいという想いがありました。そのような中、これまでと違った目線や九州外からみた魅力を惹きだして頂きたいという想いと挑戦から、依頼しました。
最終的なデザインにつながる発言ですね。
大石:
そうなんです。
また、最初のこのミーティングの時に、既にコピーライターの上田氏は参加されていて、米粉にまつわるさまざまな思いや特徴を、丁寧に掬い上げたようなコピーを何本も発表されていました。私は上田さんが読み上げてくれるご自身が書かれたコピーを耳にして、なんとも柔らかな絵本の物語を感じさせる声であり_語り方であり_言葉だな、と感じていました。
後になって気づくのですが、この何本も書かれたコピーは1案を決めるための複数の案ではなく、複数ある業務用の米粉袋に、各々違うコピーを入れるために作られていたコピーだったんです。言ってみれば無駄なく全部採用されたコピー達なわけですが、考えてみれば全て別々のコピーが入った業務用の米粉袋なんて、とっても贅沢ですよね。
また上田さんと会話をしている中で、各々の商品名って業務用的な素材名が漢字で書かれているだけなので、タイポグラフィックなデザインにするというのもありますかね?なんて話も出たので、「それもいただき!」って感じで会話を弾ませた事を覚えています。
1:大久保 輝/ Hikaru Okubo
2:中山 碧/ Aoi Nakayama
ここから具体的なデザイン作成時のエピソードをお伺いしますが、作業を進められる上で、他には無い特徴的な出来事はありましたか?
大石:
デザインはデザイナースタッフが複数人で着手し、魅力的なラフ案が検討の当初より出ていたので、楽しいプレゼンテーションが組めそうだとは思っていたのですが、この段階では私が考える「提案の核」となる案がまだ誕生していませんでした。地産地消が表現されている案が出ていなかったんです。やはり私は、林さんからオリエンを受けた熊本製粉の原点となった「地元で取れたお米を原料とし/地元の製粉会社が米粉を作り/その米粉を用いて作られた地元のパン屋やケーキ屋が/地元の多くの人々に食べて頂く。」という言葉がこの商品において最も重要なものであると感じていたので、デザイナーの方々と再検証していきました。ほどなくして「提案の核」となる案が生まれ、2023年11月20日にオンラインにてプレゼンテーションを行いました。
3:大久保 輝/ Hikaru Okubo
4:田口 薫/ Kaoru Taguchi
5:中山 碧/ Aoi Nakayama
6:大久保 輝/ Hikaru Okubo
7:多嘉山 ゆりあ/ Yuria Takayama
そして熊本製粉さん側にご判断が委ねられた訳ですが、その後の流れはスムーズでしたでしょうか?
大石:
作業の進行としては至ってスムーズでした。デザイン案は提案の核として捉えていた「バトンリレー案」に決めて頂きました。熊本製粉さんにもとても喜んで頂けたという感触はあったのですが、私の中でちょっと釈然としないところがあったのです。
今回の商品の一つの目的はベーカリーなどの店頭にディスプレーとして好んで置いて頂く事です。また今後、熊本という舞台を超えて、全国区で「米粉といったら熊本製粉」と言って頂ける商品にしていかなければならない。そのような諸々の意味で、イラストのタッチをもっと大人っぽくする必要があると感じていました。ですので担当デザイナーである中山と相談をしながら、このイラストに関して、フォルムやタッチ、テクスチャーも含めて大幅な変更を行いました。しかしこの行為は大きなリスクを孕んでいます。というのもデザインの方向性を決めた後で変えるというのは「前の方が良かった」といわれる可能性が非常に高いからです。しかし熊本製粉の米粉のクオリティーを考えると、新たに提案をしたイラストの方が適切であるという事をご説明させて頂き、無事イラストを変更した2回目の案に決めて頂けました。
デザイナー:中山 碧/ Aoi Nakayama
この採用したデザイン案の重要なイラスト部分を、次の提案では変わった形で提案された事に関して、林さん並びに熊本製粉社内ではどのように受け取られたのでしょうか。
林:
まず最初のデザイン選定では、生産者、製粉会社、加工者、消費者をつなぐ、そんな当社が伝えたい根幹の部分をデザインとして伝えることができるということで選定致しました。当初の案はほのぼのとしたイメージで、米粉という穀物由来であることや、やさしさといった雰囲気があったかと思います。一方 2回目のデザインは、その “ほのぼのさ” はなくなり、スタイリッシュなデザインと感じました。これまで米粉、やさしさ といった部分も大切にしていたため、議論はありましたが、上田さんのコピーの中でも、米粉へのこだわり、洗練された部分という点を表現頂き認識した上で新たなデザインをみると、2回目にいただいたイラストの方が上質な雰囲気を感じ、すべての工程に関わる方が、米粉を通じてより良いものを繋いでいこう という姿勢や努力、製品そのものを伝えることができるように感じました。
振り返ってみると、当社の品質が良好で上質であることをどのように表現すべきか、というこれまでの課題に対し製品の想いと価値を共にお伝えできたのは、ここでのご提案が大きかったと感じます。
さあ、いよいよデザインが完成をしました。
上田さんのコピーも裏面に入った「米粉シリーズ」の今後の展望をお聞かせください。
林:
米粉を使用している方は、増えています。作り手の方には届きはじめていますが、最終的な消費者の方にはまだまだ届いていません。店頭に飾ってもらい、お店を訪れるお客様に覚えてもらうこと、そこから米粉の商品がある!というシンボルになれれば良いなと思います。米粉シリーズのパッケージがある→米粉の商品がある!→(おいしいから)食べたい! この流れが理想だと考えています。
弊社が米粉を作って、お客様に届けることができるのも、米農家さんあってこそです。農家さんにもこの取り組みが伝わって、米粉に携わるすべての方を笑顔にしていきたい、その笑顔の輪・米粉の輪を大きくしていければと思います。パッケージデザインのように、その輪を拡げていきたいと考えています。
米粉シリーズの販売開始後、反応があったことや変化などありましたらお聞かせください。
林:
多くの方から、パッケージがかわいい、魅力的とのお声を頂きました。展示会や新聞記事等で、大変話題になります。一般のお客様から購入したい、自社のオンラインショップに載せたい、などのお問い合わせが増えたり、業者との商談の中でも、パッケージが話題になったりしています。熊本製粉の米粉を知って頂き、「米粉といえば熊本製粉」とファンになって頂けるようなパッケージを活用していきたいと思いました。また社員の中でも米粉のパッケージが話題になり、コミュニケーションが生まれていることは大変嬉しいことです。
最後に「2025日本パッケージデザイン大賞_食品部門・銅賞」を受賞したわけですが、そのご連絡をもらった時の事や、その後の影響などがありましたらお聞かせください。
林:
業務用製品パッケージでこのような賞を初めて頂き、大変光栄で、社内が歓喜に包まれました。
業務用製品の紙袋という特性上デザイン制限が多い中で、魅力的に作って頂き、感動と誇らしさが、製品を多くの人々に届けるための原動力となっています。これからもパッケージに込めた大事な想いをつないで、この製品を通して笑顔を膨らませていきます。
いろいろなお話をお聞かせ頂き、ありがとうございました。