奥たたら
okutatra / 2017〜
奥たたら
okutatra / 2017〜
okutatara brand story
奥出雲で育まれた豊かな素材と、
その土地の独特な空気を掬い取る、
菓子開発のプロジェクト。
島根県奥出雲町で収穫される「仁多米」を原材料として製造する、菓子ブランドのプロジェクト。奥出雲の地で事業を展開している株式会社加地の小川会長が、自分の生まれ育った掛け替えのないこの土地を、少しでも盛り上げたいという気持ちからこのプロジェクトはスタートした。この地で収穫された仁多米を用い、奥出雲に新たな「価値」を見出し、新たな「雇用」を生み出して、名物となるものを作りたい。そのような小川会長の強い思いが、料理研究家の小田真規子さんに声をかけ、奥出雲発の菓子をプロデュースすることになった。弊社ではそのブランドのロゴマーク、パッケージデザインを含むグラフィック全般のビジュアルアイデンティティを手掛ける。
別件でお仕事をご一緒させて頂いたフォトグラファーの志津野裕計さんから、「お米のプロジェクトに興味はある?」と声をかけて頂いて、このプロジェクトに参加することになりました。志津野さんはこのプロジェクトに欠かすことの出来ない方で、以前 弊社が自主制作したポートフォリオをご覧いただいた際に、とても興味を持って頂いたのが、お声がけを頂いた切っ掛けだとお聞きしました。「いまどきこんな変わったものを作るヤツがいるのか?」といった感じだと思いますね。(笑)
料理研究家の小田真規子さんから初めてお話をお伺いした時から、このプロジェクトは非常にドラマティックで独特の魅力を放っていました。真規子さんが出演しているラジオ番組を毎週聞いていて、その声の主に惚れ込み、島根から訪ねてこられた奥出雲の事業家の小川会長。小川会長は奥出雲特産の仁多米を使って、新たな雇用を生むことにつながるような名物を作りたいと、真規子さんの元を訪れたそうです。真規子さんは小川会長のその実直な思いに感銘を受け、それまで訪ねたことのない奥出雲の地にさっそく向かわれた。そこで真規子さんが目にしたものは、日本人として心惹かれる清々しい棚田の風景だったそうです。そしてその地の空気は他の地で感じる様な田舎感はなく、どこか洗練されていて、やわらかで、それでいて神聖な気持ちにさせる。この雰囲気はいったい何なのか?と。様々な地を訪れた経験のある真規子さんも、「奥出雲は何か違う、よそとは・・・。」と感じられたと語られていました。
このように、心で感じられたことを丁寧にお話しされる姿を見て、小田真規子さんは奥出雲というこの土地にある空気や雰囲気など、目に見えないものも含めて、この御菓子に込めようとされているのだと感じました。ただ単に土地で作られた米を材料とした御菓子を作れば良いという事ではなく、奥出雲という土地そのものが持つ何かを込めなければならないと、強く感じられているようでした。奥ゆかしく物静かなので、心穏やかに耳を傾けなければ、静寂に溶けて消え入ってしまいそうな土地の声を。饒舌に語りかけてくるものではないが、確かにそこにある凛とした力を。そのようなものを、真規子さんはご自身の敏感な感受性のヒダで掬おうとされていたように思いました。それは、奥出雲のことを思い、真規子さんの扉を叩いた小川会長の強い信念が、真規子さんの心にしっかりと届いたということだと思います。そのような気持ちで真規子さんは私にお話をしてくださったので、その当時奥出雲の地に立ったことがない私にも、その強い思いは体内に、しっかりと注入されました。
真規子さんからお話をお伺いした後、ほどなくして私も奥出雲の地を踏むことになりました。その時は、伝統の鉄づくりの技を絶やさないように、年に数回、限られた時のみ、伝承の意味で続けられている「たたら操業」の見学ができる時で、私も見学をさせていただくという貴重な体験を得ました。そして、それまでは真規子さんからのお話からでしかお聞きしたことのなかった奥出雲の様子を、一つ一つ確認するように、雪深い奥出雲の地をプロジェクトのみなさまと共に同行させて頂きました。
私が奥出雲の地に立った感想。それは真規子さんからお聞かせ頂いたお話と同様、どこか洗練され、神聖な印象をも与える清らかな空気感を土地から感じました。雪に包まれた山間に靄が立ち、どこかに何かが潜んでいそうな神秘的な白の世界。それはこの地がヤマタノオロチに代表される数々の神話の発祥の地であることにも起因しているのかもしれません。また、その昔、この地で栄えた「たたら製鉄」という工業の繁栄は、自然の破壊と再生の歴史でもあり、複雑な土地の記憶にもなっています。そのような「地の気」が、この土地の独特の空気を生んでいるように思います。そのあたりの事をブランディングでは表現したいと強く思いました。つまり通常の仕事ではあまりない、複雑な世界観を表現しなければこのプロジェクトは本質的な表現はできない。そのあたりをどのように定着させていくか、といったことに考えをめぐらせました。
この地で育った「仁多米」と、この地で反映したたたら製鉄という「炎」を用いた産業。
この二つを発想の起源とした「焙煎玄米」という素材をブランドの独自性と捉えているので、デザインのご依頼を頂いた際は、この「炎」を表現することを強く求められました。しかし、製鉄で用いる猛々しい炎のイメージと、繊細な和菓子の世界観がどうしても結びつかない。「たたら製鉄」はこの土地を表現する上で、とても重要な要素ですが、鉄づくりは女人禁制のイメージもあるので、和菓子とそれとをどうまとめていくかが、デザイン開発上での大きなポイントになりました。
私がプロジェクトに参加した時点で、お菓子の試作は出来上がっていたのですが、「奥たたら」というブランドネームはまだ決まっていませんでした。また、この新たな土地の名産を作っていくという活動を広めていく上で、土地の方々の協力が必要不可欠でしたので、まずは地元の人たちに向けた、プロジェクト運営を告知するためのマークを作ってくださいとのご依頼がありました。そこで手始めにこのマークを制作することになったのですが、「プロジェクトマーク」と「ブランドマーク」が共存するのは避けた方が良いという理由から、結果的にはこのプロジェクトマークは使われることはありませんでした。しかし、その後、様々なものを制作していく上で、このプロジェクトマークを作ったことは、土地の理解を深める上でも無駄にはなりませんでした。
奥出雲の「たたら」をベースにしているということが、このブランド自体の独自性であり、先ほどもお話した通り、この「たたらの炎」を表現のベースとして扱ってほしいというご要望がありました。しかし「炎」は受け取る人によっては怖い存在にもなりかねないので、炎の意味合いをもたせながらも、怖さを感じさせない、菓子ブランドとして程よい表現を模索しました。また、奥出雲の特徴的な景観はやはり広大な棚田の景色です。この棚田を表現したグラフィックも、奥出雲ならではの姿をなしてくれると思いデザイン案としました。しかし結果的には、「たたらの炎の揺らぎ」と、「焙煎玄米の香ばしい薫り」、そして「奥出雲特有の虚ろな靄(もや)」を表現した、白地に黒い罫線だけを用いた、シンプルなモノクロームの案を採用していただきました。これは表向きはモノクロですが、箱を開けると思いがけない、鮮やかな色面が出現するという、表からではわからない・物陰に潜む・奥にそのまた奥に何か居そうな、そんな独特な土地の空気感を立体的に表現しようとしたものです。
以上がファーストプレゼンテーション時のご提案ですが、弊社からご提案したすべての案は、小川会長や小田真規子さん、あるいはこのプロジェクトでやり取りをさせて頂いた方々のお言葉と、奥出雲の地に赴いて感じた体感によって発想しております。また、今回の案件のように、デザインに着手する前段で、プロジェクトの成り立ちや背景に触れさせて頂けると愛着も圧倒的に高まります。そうなると作業としては非常に進めやすくなりますし、スタッフ共々楽しくデザイン開発を行っていけました。
当初は高級御菓子としてギフト用にネットで販売をスタートしましたが、現在では見た目に色鮮やかな店頭販売用のパッケージを用意して、お土産屋さんに置いてもらったり、観光スポットに置いてもらったり、少しづつ販売チャネルを増やしていっています。また、様々なご要望や用途に合わせたパッケージデザインの展開を行っており、島根県内での販売領域が益々広がりを見せております。